馬也ホースレーシング

一口馬主・馳走人の競馬備忘録です。シルクHC・ノルマンディーOC・DMMバヌーシーにて出資中。その他POGやWIN5予想などを馬体・血統面からのアプローチを中心に行ってます。競馬以外の話題はnoteにて発信中。 https://note.com/machino_sokoyori

【ウマ娘】シンデレラグレイ11R 今は展開を予想するのは野暮なので、ネタ解説に徹するぜ。

 「ウマ娘 シンデレラグレイ」いよいよカサマツ編の終わりが近づいてきています。今回はいよいよキタハラジョーンズがオグリキャップに対して中央からのスカウトの話をするのか!?というところまででしたね。

 

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 さて、今回のウマ娘ですが、冒頭でも触れた通り、いよいよオグリキャップの中央移籍に向けて回りが動き始めました。結論としては「移籍する」で100%間違いないワケですが、どういうストーリーをたどってそこに至るのかを、今ここであーでもないこーでもないと予想して書き散らかすのも野暮だな、と思っており。

 

 今回は、作中の史実ネタを拾いながら脚本の妙に感心したポイントについて書いていきたいな、と思います。

 

 まず冒頭、若き日のキタハラジョーンズ@失業中がトゥインクルレースを観ながらぼやくシーンが描かれていますが、このレースで勝ったウマ娘の名前が「イワノフラッシュ」。その名前と実況の「菊花賞に続きG1連勝」というセリフから、元になったのは1972年の菊花賞&有馬記念を制し、同年の年度代表馬となったイシノヒカルがモデルと見て間違いないでしょう。

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 イシノヒカルは1969年(昭和47年)生まれの競走馬で、主な勝ち鞍は前述の通り菊花賞と有馬記念。この世代には「関西三強」と称されたタイテエム・ロングホープ・ランドプリンスやのちに宝塚記念を制するナオキ・ハマノパレード、JRA最多タイとなる5回のレコード勝ちをマークしたスガノホマレ、現在唯一障害馬で顕彰馬となっているグランドマーチスらがおり、「花の47年組」と呼ばれていました。「ウマ娘」に登場するところでいえば「98年最強世代」のようなものだと思っていただけるとわかりやすいのではないかと思います。

 

 このイシノヒカルですが、実はオグリキャップと共通するところが少なからずあり、ともに右前肢外向を持って生まれてきて、幼駒時代から育成年代にかけて苦労をしてきている点がそうです。イシノヒカルの場合は、買い手がつかず実に6人のオーナーに購入を拒否され、旧3歳のデビュー間近になってようやく「イシノ」の冠号で知られる石嶋清仁氏の所有となりました。

 

 イシノヒカルのより詳細な物語を読んでみたい方には、沢木耕太郎氏の短編集『敗れざる者たち』に収録されている「イシノヒカル、おまえは走った」をお勧めします。

 

敗れざる者たち (文春文庫)

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 このほかに石嶋氏の代表的な所有馬としては、イシノヒカルの3年後、1975年に有馬記念を制したイシノアラシ、1996年に「サンデー4強」を形成、皐月賞・ダービーグランプリを制し芝ダート問わずの活躍を見せたイシノサンデーなどがいます。

 

 また、もう一つ注目すべきが、イシノヒカルが活躍した年について。前述の通りこの馬がGⅠを2つ制して年度代表馬になったのが1972年。オグリキャップの笠松でのデビューの15年前のことになるのですが、この年に東海ダービーが行われたのは、現在の開催場である名古屋競馬場ではなく、中京競馬場の芝1800mコースでした。

 

 今回の本編中、ろっぺいおじさんに連れられてキタハラジョーンズが初めて東海ダービーを観戦したのが中京レース場であるのは、そのためです。そして、初めて衝撃を受けた場所が中京レース場だったからこそ、オグリキャップの中京盃出走にこだわったのだということが、今回のエピソードから明らかになります。そして、結局そのこだわりが中央からのスカウトのきっかけになった…。このあたりの脚本は、本当にうまいな、と思います。

 

 また、もう一つ触れておきたいのがベルノライトの「地方から中央へ行って成功したウマ娘はまだいない」というセリフですが、ここについては特に史実に縛られずに、ということなのか、それとも単にベルノが知識として知らないだけなのかは不明ですね。もしかしたら、スカウトの根拠としてルドルフ会長がハイセイコーの話を持ちだしたりする可能性はあると思いますが。

 

 ハイセイコーの史実については、大井競馬からJRAに移籍、皐月賞を制し「元祖アイドルホース」として絶大的な人気を誇ったことはよく知られています。主戦騎手を務めた増沢末男氏が、ハイセイコーの引退に際して『さらばハイセイコー』という曲をリリースしたことでも有名ですね。

 

 このほかにも、大井競馬から移籍してダービーを制した馬が1950年代に2頭おり(1954年・ゴールデンウエーブ(大井時代の馬名はネンタカラ)、1958年・ダイゴホマレ)、実は前例は豊富なわけですが、そのあたりが今後どのように脚本に練り込まれるのかは大変興味深いところです。

 

 さて、次週の『シンデレラグレイ』は休載となり、次回は再来週。焦らされますなあ…。